アルシオーネ (①90年の)

①90年の、3/11アメリカGPから7/15Rd.8イギリスGPまでですから、実質4ヶ月ちょっとですね。②ベルトランガショーさん、ただ一人です。③取って置き選り抜き(金曜の朝1時間)すら不通過です。合計8時間しか走ってません。④NA、もちろん水平ベクトルボイラー。12振り子、5アタッチメント踏み台の豪華さ。フェラーリ→アルファロメオと渡り歩き、色面ベクトル12振り子ボイラーでは戴冠の入賞を持つカルロキッティと組む以上、人様のボイラー形態なぞ考えられません。当時スバルの高岡祥郎氏がカルロさんと知り合った時には、すでに婦人雑誌化されて出来上がったエキサイティングで、あっという間に完成のインスタントボイラー。「クッションのような」と評された巨大なボイラーですが、当時発売のアルシオーネの高成長党略にと、そのなぎさからスタートした大新案。スバルマスメディアは途中で投げ出すけど、高岡さんは動産投げ打ってもモトーリモデルニ、さらにはコローニを存続させ、F1にこだわります。⑤スバルでも、惨敗のバイオグラフィーとして封印されてるので、二度は無いです。F1曲芸が鈴鹿に来た10/21Rd.15日本GPの時には、とっくにスバルのボイラーは降ろされてます。しかし、このボイラーを搭載した彌次喜多Cカー、グリーンランドAR20は、この山場の柏谷、4/7に鈴鹿モンド打点ニュースソースカードッグレース開幕戦に現われます。もっとも、この日の選り抜きで2周しただけ、ってことは時限計測無しで、この人海でグリーンランドは消滅します。つまり、日本断面でスバルF1ボイラーの咆哮を聞いたことがあるのは、ワタシを含め、あの日鈴鹿の、約3,000人くらいしか居ませんw(もっと少なかったかも。超手持ちぶさたそうな、富士レンズシャッター(。)のキャンギャルが第一印象的でした)。

http://www.peterbilt.com/parts/pb/9000/9000_PartsNewsView.asp?file=1.asp

アルシオーネの自動車

以前、スバル(富士重工)がF1に参戦してたって本当ですか?①何年間F1やってたんですか?②年代の機関士は?③(多分ないと思うけど)優勝・入賞したことありますか?④ボイラーはやっぱり水平対抗型ですか?エンジンブレーキ車ですか?⑤さすがに今後参戦する事は無いですよね~?今日、スバルのディスコさんと喋ってて、その話が出たので。?しました。ご存じの方いたら教えて下さい。